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流出の仮想通貨NEMを不正交換したとして起訴された件で最高裁が弁論



1 暗号通貨の流出といえば
 2024年5月31日に暗号資産絡みのニュースが駆け巡りました。
「DMM.com(東京・港)グループで暗号資産(仮想通貨)交換業を営むDMMビットコイン(同・中央)は31日、ビットコインが不正に流出したと発表。流出額は482億円相当」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB31BF90R30C24A5000000/

 2018年にもビットコインと同じような思想で設計されている暗号通貨NEMを巡る流出事件がありました。
「暗号資産(仮想通貨)交換事業者「コインチェック」から2018年に約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件で、東京地検は9日、流出したNEMの不正な交換に応じたとして、計13人と1法人を組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)罪で同日までに起訴」(以下「NEM事件」といいます。)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG097CU0Z00C21A2000000/

2 ウェブ絡みの刑事事件は杜撰なことが多い
 このNEM事件の1件につき、私は、控訴審から主任弁護人として、無罪を争っています。いわゆるブラクラ事件について、検察側に対し起訴を断念させた経験から、サイバー絡みにおいて警察は、簡単に罪刑法定主義を軽んじ、単なる処罰の必要性だけで起訴してきますし、裁判官も正直サイバー絡みの技術的なことや何が革新的なのかについて理解している人は極めて少ないことを知っています。
 実際、映画にもなったWinny事件や、コインハイブ事件は最高裁で逆転無罪となっており、捜査当局の勇み足が断罪されています。

3 NEM事件の一つの主任弁護人として
 私が、NEM事件を、控訴審段階から事件をお引き受けした際、ゼロベースで事案を見直した結果、暗号資産であるNEMについて、氏名不詳者(ハッキング犯)が、不正に入手したA社のNEMの秘密鍵を用いて、A社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに移転させる旨のトランザクション情報をNEMのネットワークに送信し(本件行為)、同アドレスに移転させた行為(犯罪収益等収受罪の前提「犯罪」)は、現行刑法では、犯罪に問えないのではないか、という論点を考え、2審から争点化することとしました。
 犯罪収益等収受罪の前提犯罪には要件があって、本件で成立すると考えられる不正アクセス禁止法違反の罪では軽すぎて、前提犯罪の要件を満たしません。
 検察側は、前提犯罪の要件を満たすべく、電子計算機使用詐欺罪を持ち出して、上記「本件行為」が、ネットワークに電子計算機使用詐欺罪にいう「虚偽の情報」を与えたものといえ、氏名不詳者が、A社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスにNEMを移転させた行為は電子計算機使用詐欺罪に該当し、その一部を収受した被告人について犯罪収益等収受罪が成立する、という理屈で起訴に踏み切ったのでした。
 私は、同士と弁護団を組織し、虚偽の情報を入力したといえるかについて、①判例理論が存在しており、NEM事件の本件行為もそれへの当てはめで処理されるべきこと、②サトシナカモト論文により発明されたビットコインをはじめとする暗号資産が、個人の情報を中央集権的に管理して取引の信頼を与える銀行システムと全くことなる革新性を有していること、③この革新性のコアからすれば、判例法理を素直に適用すれば、虚偽の情報と評価することはできないこと、を論証することにしました。
 ちなみに、ここでいう判例理論とは、最決平成18年の調査官解説において、「「虚偽の情報」に関する判例」と表記して、「刑法246条の2にいう「虚偽の情報」の趣旨に関しては,東京高判平成5・6・29判例時報1491号141頁が,「刑法246条の2の『虚偽の情報』とは,電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし,その内容が真実に反する情報をいう」との判断を示している」(最高裁判所判例解説刑事篇平成18年度62頁)と述べているとおりです。
 そして、この論点を、私が知りうる同種事件で、未だ1審の審理段階にある弁護人にシェアして、できるだけ多くの裁判体に知っていただく活動を行ったのです。
 私は、法曹の中ではITをはじめとする先端技術について好奇心からフォローしている方ですが、年配の裁判官の皆さんについて、ネット銀行での送金と、PayPayの送金と、PASMOの決済と、自動改札機での乗車処理と、暗号資産の残高の変動と何が明確に違うのかについて詳しい人は多くないことを知っています。
 
 そこで、素人にも分かりやすく技術情報を法律の文脈に「翻訳」して伝えることに心血を注ぎました。

4 最高裁第三小法廷が弁論
 その思いが通じたのか、最高裁第三小法廷は、2024年5月26日に、上記論点について弁論を開くに至りました。最高裁判所の建築については、学部1年生の授業で学び、掲げられているタペストリーの意味や、建築学的な意義についての記憶がありましたが、大変荘厳かつ重厚な建築物でした。
 判決期日は追って指定とされており、一連のNEM事件への影響は必至です。

 最高裁判所に理解してほしいことは、我々法曹が、先駆的で革新的な技術革新の妨げをしてしまっては、歴史上の汚点となることを謙虚に考えて欲しいのです。Winny事件が端的な例ですね。
 法の専門家だからといって、傲慢にならず、謙虚になっていただきたいというメッセージについては、法制審議会委員長もつとめられた我々の師井田良先生の言葉(下記リンク)を、井田先生のもとで法制審議委員を東京高裁長官時になさっておられた今崎幸彦最高裁判事(本件のご担当)に伝えておきました。
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00024.html

5 学説の動向
 最近の学説の動きをみますと、「虚偽の情報」につき、「前掲最決平18・2 ・14は、広義説に整理することができる(高崎・前掲研修778号20頁。 青木・前掲論文64頁注32をも参照)。広義説では,特定のコンピュータ・システムにおいて電磁的記録につき予定されている事務処理目的の認定が重要となる。これを無制限に拡張解釈すると,虚偽性の判断が恣意的になる」(注釈刑法329頁)として、判例法理への懸念を表明するに至っていたところでした。
 和田俊憲教授は、最近、「仮想通貨・暗号資産と刑法」穴沢大輔/佐藤陽子/城下裕二/角 田真理子/松原和彦・編『消費社会のこれからと法』長井長信先生古希記念(信 山社、2024 年1月)において、我々の事案における活動や主張を取り上げていただき、仮想通貨の秘密鍵を失った場合における網羅的な刑法上の論考を鋭く繰り広げられています。

6 論旨の骨子
 書けば長くなるのですが(控訴趣意書で52頁、上告趣意書で37頁、その他補充書面多数)、論旨の骨子を記しておきます。

 実世界のあらゆる事象との関係を把握せぬようにXEM移転を行うことが暗号通貨としてのNEMの本質とされ、この徹底した無因こそが、従来型の「トラスト」に代わる別の信用「トラスト」を与えているのです。

 弁護人やNEM界隈の人々の技術的常識(システムの処理目的の正確な理解)からすれば、電子計算機使用詐欺罪にいう、「虚偽の情報を入力」したといえるかどうかを検討するに際しては、「秘密鍵を現に管理する者」は常に正規の権限者として扱われると結論づけることになります。
これに対して、検察官は、当罰性の高い行為が捕捉できないと処罰の必要性だけを前面に押し出して弁論していました。

 処罰の間隙が生じたとしても、それを完全に無くそうと思ったら、正当に認められるべき部分も含めてまとめて網にかけなければなりません。不当な処罰範囲の隙間ができる方が、正当なものを罰してしまうよりマシであるというのが、現在までの人類の叡智であり、罪刑法定主義。

 秘密鍵の流出は、情報窃盗として評価するのが端的であり、結局立法対応ができていないという話しです。当罰性が高い、武器がない、電子計算機使用詐欺という武器で叩いておこうといって無理をして適用しようとしているわけですね。

 検察のように、(刑法のうち、電子計算機使用詐欺罪の虚偽の情報の入力の有無という観点における)「正規」性の線引きを、秘密鍵の取得経緯を見てきめる(有因)というところまで含めると考えますと、一見、現行上の電子計算機使用詐欺罪の「虚偽性」で捕捉できそうに思われるかもしれませんが、最決平成18年が、システムの「処理目的」という仕組み解釈を踏まえるという規範を定立した以上、NEMの核心的なシステムの仕組み(実世界のあらゆる事象との関係を敢えて把握せぬようにXEM移転を行うことが暗号通貨としてのNEMの本質という設計)からすれば、判例法理を適用した結果として、電子計算機使用詐欺罪では捕捉することはできないことになります。

 結局法改正により、秘密鍵の流出事案については、端的に情報窃盗として捉え、法改正により捕捉する他ないです。

 この点に関しては、本件事案を予言したかのような文献があります。
 「暗号資産の「窃盗」のような行為、すなわち技術的にはその管理のための秘密鍵の、実質的には財産的価値の電子的記録の 情報の不正取得のような場合に関しては、少なくともこのような情報取得自体を現行刑法典の罰条で捕捉することは困難であるように思われる(取得行為につき電子機器等への不正なアクセスがなされていれば不正アクセス禁止法違反の罪、また事案によっては仮想通貨交換業者の業務に関して偽計あるいは電子計算機損壊等による業務妨害罪(刑法233条後段、234条の2) の成立はありえよう)。立法論的には、その通貨に匹敵しうる経済的価値に鑑みればこれら電子的記録の情報自体の要保護性は高いが、このようなデータ取得の規制には、「情報窃盗」の問題性、すなわち処罰範囲の限定や明確 の困難さといった問題を伴う。「情報窃盗」に類する罰条としては既に不 正競争防止法(平成5年法律47号)上の営業秘密取得罪(同法21条1項 1号)のほか、刑法典上も支払用カード電磁的記録不正作出準備罪として当 該電磁的記録の情報の取得罪(刑法163条の4第1項前段)が存在している。後者の罪では行為客体たる情報が支払用カードを構成する電磁的記録に 係るものに限定されているが、インターネット上での電子的な取引や決済等の今後一層の拡大が見込まれるとすれば、カードといった媒体はもたないが 支払用カードの情報と同様の経済的な価値、効用を有する情報(暗号資産もその一例といえよう)自体の刑法的保護も要請されうる。これに応じた立法論的検討に際しては処罰範囲の限定や明確化のため、如何なる情報であるかという行為客体による限定や、如何なる行為であるかという行為態様による 限定などが図られるべきであると思われる。さらにその前提として、その規 制は暗号資産という決済ないし金融システムの安全性や信頼性といった社会 的利益を保護するものか、あるいは個々人の財産的価値ある電子的記録情報という個人的利益の保護を図るものとされるべきかといった検討が必要とな ろう。」(斉藤豊治・浅田和茂・松宮孝明・髙山佳奈子編「新経済刑法入門 (第3版)」426頁―427頁〔永井善之〕)としているとおりです。
 このように、本件事案を刑法的に把握しようとすれば、(電子計算機使用) 詐欺罪ではなく、秘密鍵に対する(情報)窃盗と見なければなりません。これを刑法上処罰できないからといって、無理に詐欺罪の成否を検討すること自体が法令適用を誤っていると考える次第です。

7 刑法改正は実現できる
 今崎裁判官は、東京高裁長官時に、法制審議会の委員に名を連ね、マネー・ローンダリング罪の法定刑に関する諮問第119号についてなどが審議されています(法制審議会第193回会議・令和4年1月17日開催)。
今崎裁判官と同時期、法制審議会会長であった井田良教授は、目まぐるしく変化する社会を前に、刑法典ですら、即座に改正するなどしなければならないと先頭に立って侮辱罪の法定刑関係を引きあげ(今崎裁判官も法制審議会委員・第192回会議参照)、インターネット上の誹謗中傷に即応し、不同意性交罪についても困難ながら取りまとめました。
  特に、井田教授は、硬性法たる刑法を改正するに際し、「無罪推定の原則をはじめとする伝統的な刑事法の基本原則をゆるがせにすることのない、新たな性犯罪処罰の在り方を模索し、その将来像を描く」(法務省 性犯罪に関する刑事法検討会・各委員から提出された自己紹介及び意見)と述べており、続けて、「しかし、それは言うは易く、応じることはきわめて困難なミッションです。刑事立法の全体に通じることですが、法改正にあたっては、立法事実としての被害の実態についての正確な認識が前提とされるのはもちろん、現行の刑事実務についてのバランスのとれた深い知識が必要であり、過去と現在の日本の刑罰法令についての周到な理解、外国の法制についての幅広い知見、さらには、およそ刑法の果たすべき社会的機能と役割についての理論的・法哲学的洞察も欠くことはできないでしょう。超人でもなければ、1人でそれらすべてを兼ね備えることはできません。したがって、複数の専門家がそれぞれの立場からの知見を提供し合い、それぞれに足らざるところを謙虚に学び合い、補い合うことなくしては、困難なこの課題に応えることは到底できないのです。」と要諦を述べおられます。
 実際に、長年改正されることがなかった犯罪を、一気呵成に不同意性交罪として改正しており、現代社会において、秘密鍵を含む情報そのものを保護するためには、刑法典の改正によるのが筋であり適切な手法であるといえます。

 最後の砦である最高裁が、技術的革新性を正しく理解し、謙虚に法を適用し、将来の技術革新を疎外したと評価されることのないよう賢明な判断をすることを切望しています。

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